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大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)23号 判決

原告 河崎一栄

被告 住吉税務署長 ほか二名

訴訟代理人 上原洋允 服部勝彦 大河原延房 ほか三名

主文

一  被告住吉税務署長が昭和四一年七月一九日付でした原告の昭和三九年分所得税の総所得金額を一、一〇六、六六〇円とする更正のうち一、〇〇九、六六四円を超える部分、昭和四〇年分所得税の総所得金額を一、〇五四、八五六円とする更正(被告大阪国税局長が裁決により一部取消した後のもの)のうち九一六、八一五円を超える部分をいずれも取消す。

原告の被告住吉税務署長に対するその余の請求、被告大阪国税局長および被告国に対する各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告住吉税務署長の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告住吉税務署長が昭和四一年七月一九日付でした原告の昭和三九年分所得税の総所得金額を一、一〇六、六六〇円とする更正および昭和四〇年分所得税の総所得金額を一、〇五四、八五六円とする更正(被告大阪国税局長が裁決により一部取消した後のもの)はいずれも四一〇、〇〇〇円を超える部分を取消す。

2  被告大阪国税局長が昭和四三年一一月二九日付で前項の昭和三九年分所得税の更正に対する原告の審査請求についてした裁決および昭和四〇年分所得税の更正に対する原告の審査請求についてした裁決のうち右更正の一部を取消した部分を除く部分を取消す。

3  被告国は原告に対し五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年一一月二九日より完済まで年五分の金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに3につき仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決ならびに担保を条件とする仮行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告はクリーニング業を営むものであるが、被告住吉税務署長(以下被告署長という)に対し、昭和四〇年三月一一日総所得金額を四一〇、〇〇〇円とする昭和三九年分所得税の確定申告を、昭和四一年三月一三日総所得金額を四一〇、〇〇〇円とする昭和四〇年分所得税の確定申告をいずれもいわゆる白色申告書によつてしたところ、被告署長は昭和四一年七月一九日昭和三九年分の総所得金額を一、一〇六、六六〇円とする更正および昭和四〇年分の総所得金額を一、三二四、四七六円とする更正をした。 原告は昭和四一年七月二九日右各更正(以下本件各更正という)につき被告署長に異議申立をし、被告署長が同年一〇月一九日これを棄却する決定をしたので、同年一一月一六日被告大阪国税局長(以下被告局長という)に審査請求をしたところ、被告局長は昭和四三年一一月二八日昭和三九年分所得税の更正についての審査請求を棄却し、昭和四〇年分所得税の更正につき総所得金額一、〇五四、八五六円を超える部分を取消す旨の裁決(以下本件裁決という)をした。

2  本件各更正は次の理由により違法である。

(一) 本件各更正の通知書には更正の理由が記載されていない。

(二) 被告署長は原告の生活と営業を不当に妨害するような方法で所得調査をし、その調査結果に基づいて本件各更正をした。

(三) 原告は住吉商工連合会および大阪商工団体連合会の会員であるが、被告署長は原告が右会員である故をもつて、一他の納税者とは差別的に、かつ、右団体の弱体化を企図して、本件各更正をした。

(四) 原告の総所得金額は前記申告額のとおりであり、本件各更正は原告の所得金額を過大に認定している。

3  被告局長は原告の前記審査請求に対して二年間も審査を放置し、故意に裁決を遅延させて、速やかに行政救済を受けるべき原告の権利を侵害し、その間被告署長は本件各更正による租税の滞納処分をして、原告の電話加入権を差押えて原告の財産の利用を妨げ、これにより原告は五〇、〇〇〇円を下らない無形的損害を受けた。

したがつて被告国は国家賠償法第一条第一項に基づき原告に対し損害賠償金五〇、〇〇〇円およびこれに対する不法行為後の昭和四三年一一月二九日より完済まで民法所定年五分の遅延損害金を支払う義務がある。

4  よつて、被告らに対し第一、一の判決を求める。

二  被告らの答弁

1  請求の原因1は認める。

2  同2は、(一)を認め、(二)ないし(四)を争う。

3  同3は、被告局長が原告の審査請求の二年後に裁決したこと、被告署長が原告の電話加入権を差押えたことは認めるが、その余は争う。

三  被告らの主張

1  原告の総所得金額(クリーニング業による事業所得の金額)は次のとおりである。

(一) 昭和三九年分

収入金額 二、九五一、四九二円

必要経費 一、七〇九、三四一円

一般経費   八九〇、七六一円

特別経費   八一八、五八〇円

雇人費    六五四、〇〇〇円

外注費    一六四、五八〇円

所得金額 一、二四二、一五一円

(二) 昭和四〇年分

収入金額 二、八九六、二一八円

必要経費 一、七五一、八八〇円

一般経費   八五二、九三七円

特別経費   八九八、九四三円

雇人費    七六九、〇〇〇円

外注費    一二四、一六五円

支払利息     五、七七八円

所得金額 一、一四四、三三八円

2  収入金額および一般経費は次の方法で計算した。

クリーニング業を営む南條晴紀(大阪市住吉区粉浜東三丁目九七番地)および沖進次郎(同区浜口東二丁目一七番地)の収入金額、一般経費および従事員数は別表1、2のとおりで、両名の従事員一人当りの年間収入の平均は、昭和三九年が五七八、七二四円、昭和四〇年が五六七、八八六円、一般経費率の平均は昭和三九年が三〇・一八、昭和四〇年が二九・四五である。

そして、原告の従事員は別表3のとおりで、従事員数は昭和三九年、四〇年とも五・一人であるから、右従業員一人当りの年間収入に右員数を乗じて原告の収入金額を算出し、これに右一般経費率を乗じて原告の一般経費を算出した。

3  収入金額および一般経費を右の方法で推計したのは、次の理由による。

(一) 被告署長は本件各更正をする前、原告の昭和三九年、四〇年分所得税の調査のため、原告に所得金額算定の資料となる帳簿、原始記録等の呈示を求めたところ、原告は洗濯物の預り帳と集金帳の一部を呈示したにすぎず、しかも右帳面の記載内容についての質問にも答えなかつた。そのため被告署長は原告の所得を実額によつて把握することができず、推計によるほかなかつた。

(二) 同業者として南條および沖を選定したのは、原告の住所地を管轄する住吉税務署の管内において、原告と同様個人でクリーニング業を営む納税者のうち、昭和三九年、四〇年分の所得税について青色申告書を提出し、かつ、右各年分の青色申告決算書の開示に同意したのは、両名だけであつたからである。

4  原告と南條、沖の業態は次のとおり著しく類似している。

(一) 作業の過程

(1) 原告

外交員が得意先をご用聞に回つて洗濯物を店に持ち帰り、あるいは得意先から直接店頭に洗濯物が持ち込まれ、従業員がこれを点検してネームを付し、品種品質によつて選別のうえ、水洗とドライ洗をし(ただし昭和四〇年七月までドライ洗は外注に出していた)、洗濯されたものをプレス機又はアイロンで仕上げをし、補修等をして包装し、これを外交員が配達し、又は店頭で渡す。

(2) 南條、沖

南條が昭和四〇年六月まで、沖が昭和三九年、四〇年を通じ、ドライ洗を外注に出していた点が異なるのみで、他は原告と同じである。

(二) 店舗の位置

(1) 原告

店舗は大阪市住吉区のあびこ商店街通りから一〇メートルほど入つた場所に在り、面積は仕事場を含め約一五坪である。店舗の周辺はほとんどが個人商店と一般家庭であり、これを得意先としている。

(2) 南條、沖

店舗はいずれも同区に在り、面積は洗場を含め南條が約七坪、沖が約一四坪であり、その周辺は個人商店と一般家庭がほとんどで、得意先に大会社、大病院等はない。

(三) 従事員

(1) 原告

別表3のとおりで、家庭従事員二人(原告およびその妻)、雇人三・一人である。

(2) 南條・沖

南條は昭和三九年、四〇年とも五入、沖は昭和三九年が五・七五人、昭和四〇年が五・五人であり、そのうち家族従事員はいずれも店主とその妻の二人である。

(四) 設備状況

(1) 原告

クリーニング業の基本設備であるワツシヤー、脱水機、乾燥機、プレス機、袖プレス機、アイロン等およびボイラー設備を所有している。昭和四〇年七月ドライクリーニング機を購入した。

(2) 南條、沖

右基本設備とボイラー設備を所有している。南條は昭和四〇年六月からドライクリーニング機を所有している。

(五) 電燈電力料および水道使用量、その料金

別表4、5のとおりである。

(六) クリーニング料金

別表6のとおりである。南條がやや低い。

5  クリーニング業は前記作業の過程で述べたように洗濯物の受入れから配達にいたるまで全て人力に依存しているため、仕事の量が増加すれば、それに対応する人手を要することになり、また仕事の量が増加すればそれに比例して収入金額が増えるという関係にあるから、得意先の種類、クリニーング料金に格別の差がない限り、クリーニング業では従事員数と収入金額とが比例する。したがつて、南條、沖の従事員一人当りの収入金額に基づいて原告の収入金額を推計するのは合理的である。

また、作業過程、業態が類似し、地域を同じくする南條、沖の一般経費率を原告に適用するのも合理的である。

四  被告らの主張に対する原告の認否および反論

1  被告らの主張1(一)、(二)は、特別経費を認め、その余を争う。

2  同2は争う。

3  同3のうち(一)は、被告署長が本件各更正前税務調査をした際、原告が洗濯物の預り帳と集金帳を呈示したことを認め、その余を争う。右帳面の記載によつて原告の収入金額は記載できたはずである。

(二)は知らない。

4  同4のうち、(一)ないし(四)の各(1)は認める。ただし、従事員のうち、原告は専ら外交の仕事をしていたが、高血圧症、動脈硬化症のため一人分の働きができず、妻は家事を切盛りし、しかも身体が弱くて業務にはほとんど従事しなかつた。また船橋二三夫、松宮稔は中学卒業後間がなく、増田良一は五〇才で、いずれも十分な仕事ができなかつた。

(一)ないし(四)の各(2)は、南條、沖の店舗の位置を認め、その余は知らない。

別表4、5の南條、沖の部分は不知、原告の部分は否認する。

別表6の原告のクリーニング料金はズボン、カツターシヤツを除き認める。ズボンは一五〇円ないし一八〇円、カツターシヤツは四五円である。

5  同5は争う。原告は裏通りに店舗をかまえ、昭和二一年頃からクリーニング業を営んでいるもののクリーニングについての技術がなく、常雇にも一人前の技術のある者がなく、臨時職入を雇つて急場をしのいでいたものであつて、特別の技術を要する品物は外注に頼らざるをえなかつたので、利益率は同業者より著しく低かつた。さらに、昭和三九年、四〇年当時小規模の同業者が激増して過当競争になり、また近くに大資本のドライセンターができたため原告はドライクリーニング機を購入してこれに対抗しようとしたが目的を達せず、結局前記料金のとおり値引せざるをえなかつた。かかる事情を考慮せず、僅か二名の同業者の事例を資料として、原告の収入金額および一般経費を推計するのは合理的でない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件各更正の違法事由として原告が指摘する点につき順次判断する。

1  本件各更正の通知書に更正の理由が記載されていないことは当事者間に争いがない。しかし、原告が昭和三九年、四〇年分所得税の確定申告をいわゆる白色申告書によつてしたことも当事者間に争いがないのであつて、白色申告書にかかる更正の通知書にその理由を附記することは、青色申告書にかかる更正の場合と異なり、法律の要求するところではない。

2  被告署長が原告の所得につきその主張のような方法で調査をしたことを認めるべき証拠はない。

3  被告署長が本件各更正を差別的にかつ原告の所属団体の弱体化を企図してしたことを認めるべき証拠はない。

4  原告の昭和三九年、四〇年分の総所得金額(クリーニング業による事業所得の金額)について検討する。

(一)  特別経費については当事者間に争いがない。

(二)  収入金額および一般経費について、被告署長は原告の同業者である南條晴紀、沖進次郎の所得資料によつてこれを推計しているので、その当否について考察する。

(1) 被告署長が本件各更正をする前原告の昭和三九年、四〇年分の所得の調査をした際、原告が洗濯物の預り帳と集金帳を呈示したことは当事者間に争いがない。

被告らは、原告が呈示したのは右帳面の一部にすぎず、しかも原告はその記載内容についての質問に応答しなかつたと主張するが、これを認めるべき証拠はない。そして原告本人尋問の結果によれば、右預り帳は店頭に持ち込まれた洗濯物を、集金帳は得意先回りによつて集められた洗濯物と得意先から集金すべき料金とを記載したものであることが認められるから、右帳面の記載が原告の取扱つた洗濯物全部について正確にされていれば、その記載によつて収入金額をほぼ把握することができるものというべきところ、記載内容が正確性を欠いていたことを認めるべき証拠もない。したがつて本件各更正がされた当時、収入金額を実額によつて算定することができず、推計する必要があつたと断ずることはできない。しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告は右預り帳、集金帳を紛失してしまい、収入金額を明らかにする資料は全くなくなつたことが認められるから、現在では、収入金額を実額によつて算定することは不可能というべきであり、推計するほかはない。なお、原告本人尋問の結果によると、原告は経費について、外注費を除き、全く記帳せず、これを明らかにする資料をもつていないことが認められるから、一般経費は推計により算定せざるを得ない。

ところで、被告署長が、本件各更正をするに当り、原告の所得金額をいかなる資料によつて認定したかは明らかでないが、たとえその収入金額を、前記帳面の記載による実額把握によらず、同業者の所得資料等による推計によつて認定したとしても、そのために、収入金額認定の方法を誤つたというそしりは免かれないものの、当然に本件各更正そのものが違法になるわけではない。

(2) よつて、被告署長が本訴において採る同業者の所得資料による推計が合理的であるか否かについて検討することとするが、その前に、右同業者として南條、沖が選定された経緯についてみるに、証人有藤秀樹、向秀夫の各証言によると、原告の住所地を管轄する住吉税務署の管内のクリーニング業者で申告決算書を添付して青色申告書を提出した個人は、昭和三九年が四名、昭和四〇年が六名で、両年を通ずるものは四名であり、その四名のうち氏名の開示に同意したのは二名だけであつて、それが南條、沖であること、被告署長は右申告決算書の提出がないと納税者の収入、経費の明細、従事員数等を明かにするのは容易でないことが認められる。いま推計の当否を検討しているのは、原告の昭和三九年と昭和四〇年の両年の所得金額についてであるが、その推計資料とする同業者は所得が両年ともに明らかになつているものに限る必要があるとは必ずしもいえないのであつて、被告署長がこれに限つたのに十分の理由があるとは認めがたい。しかし右認定の事実によると、推計資料とする同業者として南條、沖の両名を選択したのは被告署長の恣意によるものでないことが明らかである。

(3) 原告と南條、沖の各営業を比較する。

(あ) 被告らの主張4(一)(二)(四)の各(1)の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、右4(一)(二)(四)の各(2)の事実および南條の店舗は南海電鉄阪堺線が敷設された道路に面し、沖の店舗は住宅、店舗が並ぶ通りに面していること、原告と沖、沖と南條の各店舗の間隔はそれぞれ一、〇〇〇メートル位であること、一般にクリーニング店で取扱う洗濯物はほとんどが従事員の得意先回りにより集められたものであつて、直接店頭に持ち込まれるものは少いことが認められる。

また、〈証拠省略〉によれば、別表4の事実(ただし原告、沖は営業および家庭使用分、南條は営業使用分)が認められ、〈証拠省略〉によれば、別表5のうち、原告の年間使用水量、南條の金額、沖の年間使用水量および金額(ただし原告、沖は営業および家庭使用分、南條は営業使用分)が認められるが、その余を認めるに足りる証拠はない。

(い) 別表6のクリーニング料金中、原告についてはズボン、カツターシヤツを除き当事者間に争いがなく、証人向秀夫の証言、原告本人尋問の結果によれば、右ズボンの料金は一八〇円位、カツターシヤツの料金は四五円位であつたこと、原告はおおむね同業者の協定価格に従つて営業していたことが認められ、また〈証拠省略〉によれば別表6の南條、沖の部分が認められる。

(う) 従事員についてみるに、まず、別表3は原告およびその妻の部分を除き当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉および弁論の全趣旨によれば、原告は終戦後間もなくクリーニング業をはじめ、外交の仕事を担当していたものの、昭和三九年、四〇年当時高血圧症等の治療のため診療所に通い、雇人ほどには仕事に従事しなかつたが、その従事した時間は年間を通じ少くとも雇人のそれの二分の一を超えていたこと、妻はボタン付、包装等の仕事をしたが、家事を処理していたためその仕事をした時間は年間を通じ雇人の半分程度であつたこと(したがつて換算人員は昭和三九年、四〇年とも四・一人である)、別表3の従事員中、船橋は昭和三九年当時二四、五才でクリーニングにつき五年位の経験があつてかなり習熟しており、松宮は二〇才位で四、五年の経験、増田は四五才位でかなり長期間の経験があり、以上三名は常雇であり、「臨時職人」および池田は臨時雇で熟練者であつたことが認められる。

次に、〈証拠省略〉によれば、南條は本人、その妻、雇人三名が従事員で、南條は専ら外交を担当していたこと、妻はネーム入れ、包装等の仕事をしたが家事のためその仕事に専念できず就労時間は他の従事員の半分程度であつたこと(したがつて換算人員は昭和三九年、四〇年とも四・五人である)、雇人は昭和三九年当時二三才ないし二六才位でいずれも常雇であり、そのうち一名だけが熟練者であつたことが認められる。

さらに、〈証拠省略〉によれば沖の従事員は本人、その妻、雇人が昭和三九年四名(うち一名は同年四月より就業)、昭和四〇年が五名(うち二名が同年六月まで就業、一名が同年七月より就業)で、沖は専ら外交を担当していたこと、妻は原告、南條の場合と同様他の従事員の半分程度の時間しか仕事にに従事しなかつたこと(したがつて換算人員は昭和三九年が五・二五人、昭和四〇年が五人である)、雇人は一名が二九才位、他は二三才前後でいずれも常雇であり、そのうち一名だけが熟練者で他は未熟練者であつたことが認められる。

(4) 以上の事実によると、原告と南條、沖は、その店舗が比較的近い位置にあり、作業過程、設備、店舗の場所および面積、従事員の数および構成、電燈電力料、水道使用量ないし料金等が甚だ類似し、得意先の種類、クリーニング料金もほぼ同じであるといえる。

ところで〈証拠省略〉および弁論の全趣旨によると、クリーニング業の作業は、先に原告、南條、沖の作業過程について記したように、洗濯物の受入れから点検、選別、洗濯、仕上げ、包装を経て配達にいたるまでその仕事が人力に依存し、そのため仕事の量が増加すればそれに応ずる人手を要することになり、かつ、仕事の量が増加すればそれに応じて収入金額も増えるのが通常であるから、従事員数と収入金額とはおおむね対応する関係にあり、同一地区で営業規模が類似し、得意先の種類、クリーニング料金等に格別の違いがなければ、同業者の従事員一人当りの収入金額および一般経費率(一般経費を収入金額で除した数値)にはさほど大きな違いはないものと推認される。したがつて、原告と南條、沖との間に右のような営業規模、得意先、料金等の類似がある以上、特段の事情のない限り、後者の従事員一人当りの収入金額および一般経費率を適用して原告の所得金額を算出するのは合理的であるといえる。なお、原告との類似の程度について、南條と沖との間に格段の差は認められないから、右適用すべき従事員一人当りの収入金額および一般経費率は両名のそれの平均値とするのが妥当である。

原告はその仕事を同業者よりも多く外注に頼つていたので利益率が低かつたと主張するが、本件において外注費は特別経費として取扱われているから、その多寡は一般経費率の高低に影響を及ぼすものではない。他に右適用を不適当とする事由は本件に顕われた全証拠によつても見出しがたい。

(三)  〈証拠省略〉によれば別表1、2の南條、沖の収入金額および一般経費が認められ(一般経費は〈証拠省略〉の「売上原価」と「経費(一)」(ただし外注費を除く、なお南條の昭和四〇年分の一般経費には〈証拠省略〉の建物以外の減価償却費を加える)の合計額である)、一般経費率は別表2のとおりとなり、また、南條、沖の従事員数は前記認定のとおりであるから、従事員一人当りの収入金額は昭和三九年が南條六七四、八七八円、沖六〇二、四四四円、平均六三八、六六一円、昭和四〇年が南條六一二、四一一円、沖六四三、〇六二円、平均六二七、七三六円(円未満の端数は切捨、以下同じ)となる。

そして原告の従事員数は前示のとおり昭和三九年、四〇年とも四・一人であるから、右従事員一人当りの平均収入金額にこれを乗じて原告の収入金額を算出すると、昭和三九年が二、六一八、五一〇円、昭和四〇年が二、五七三、七一七円となり、これに右一般経費率の平均値を乗じて一般経費を算出すると、昭和三九年が七九〇、二六六円、昭和四〇年が七五七、九五九円となる。

したがつて、原告の所得金額は昭和三九年が一、〇〇九、六六四円、昭和四〇年が九一六、八一四円である。

そうすると、原告が本件各更正の違法事由として主張するところは、所得金額の過大認定についての主張の一部を除き、全て理由がなく、結局本件各更正は右所得金額を超える部分につき違法であり、原告の被告署長に対する請求は本件各更正のうち右部分の取消を求める限度において正当であるが、その余は失当である。

三  原告は裁決の違法事由を指摘しないから、その取消を求める被告局長に対する請求は失当として棄却するほかない。

四  原告の審査請求から被告局長の裁決までに二年を要したことは当事者間に争いがないが、これによつて原告主張の権利が侵害されたものと認めるべき証拠はなく、また被告署長が原告の電話加入権を差押えたことは当事者間に争いがないが、その差押が違法であると認めるべき証拠もない。したがつて原告の国に対する損害賠償の請求もまた失当である。

五  よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 井関正裕 春日通良)

別表1ないし6〈省略〉

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